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2008-10-26

Terrence Howard feat. Taraji P. Henson 2005

「ハッスル&フロウ」 Hustle & Flow (2005 米 クレイグ・ブリュワー)より
“It's Hard Out Here for a Pimp” (10:00)



2008-10-23

Chantal Goya 1966

「男性・女性」 Masculin, Féminin (1966 仏・スウェーデン, J.L. ゴダール)
より   『名前を教えて』 D'abord Dis-Moi Ton Nom (6:35)



2008-10-04

Mark Wahlberg with John C. Reilly 1997

「ブギーナイツ」 Boogie Nights (1997 米 ポール・トーマス・アンダーソン)
より  “(You Got)The Touch,” “Feel the Heat” (2:28)



2008-03-07

Toots & the Maytals 1972

「ハーダー・ゼイ・カム」 The Harder They Come
(1972 ジャマイカ ペリー・ヘンゼル) より
“Sweet And Dandy” (2:19)



2008-02-22

Jessica Lange 1985

‘Sweet Dreams’ (1985 米 カレル・ライス)より
“Crazy” (2:44)



2007-10-12

Jimmy Cliff 1972

「ハーダー・ゼイ・カム」 The Harder They Come
(1972ジャマイカ, ペリー・ヘンゼル) より
『ハーダー・ゼイ・カム』 The Harder They Come (3:31)


レゲエ系の音楽は新旧ともに今では滅多に聴かないのだが、イイねえ。力強いヴォーカルとオリジナルな意味でのファンキーな演奏。この映画が日本で公開になったのは1975年か1976年だと記憶しているが、たしか1976年に観たのだと思う。このころはスカレゲエロックステディも区別がつかなかった。『ハーダー・ゼイ・カム』映画ヴァージョンは、ロックステディの色を残したレゲエといえばいいだろうか。今じゃ、ジャマイカ音楽でかろうじて興味があるのはスカ以前のメントぐらいかなあ。

映画では、やっと録音したこの曲を20ドルで買い取られて、曲はヒットしたもののスカンピンのままというジャマイカや米国で黒人ミュージシャンが伝統的に蒙ってきた搾取の構造が描かれている。「ロッカーズ」(1978)とともにレゲエ映画の古典である。

●ジミー・クリフのフィルモグラフィ(映画出演・サントラ・TV, V含む)
●Jimmy Cliff @ Wikipedia
●Jimmy Cliff 's Official Website
●「ハーダー・ゼイ・カム」Promo Trailer

2007-09-17

Clint Eastwood 1982



Uploaded by seidrik
「センチメンタル・アドベンチャー」Honkytonk Man (1982米クリント・
イーストウッド)より “When I Sing About You”(1:46)



Uploaded by hoel6128
「センチメンタル・アドベンチャー」Honkytonk Man (1982米クリント・
イーストウッド)より “Honkytonk Man”(1:02)

「センチメンタル・アドベンチャー」Honkytonk Man(1982米クリント・
イーストウッド)より “Honkytonk Man”(3:52)



今でこそ偉大なる映画作家クリント・イーストウッドということになっていて、人は彼の近作を安心してほめることができるけれども、80年代半ばまでのイーストウッドは「ダーティー・ハリー」役者(だけの人)と認識する向きが大半を占めていた。

本作などは東京ではロードショー公開されず、地方(沼津、宇都宮)で2本立て興行の1本として封切られた。その後名画座にかかる回数も少なかったと記憶している。そのせいか劇場で本作を見た人が比較的少ないようだ。イーストウッドが劇中で死んでしまう数少ない映画の1本で、個人的には彼の作品でベスト3に入る名作だと思うのだが、この映画をそこまで買っている人は少数派のようだ。

アル中で肺結核の売れない歌手という設定で、歌のおぼつかなさを誤魔化したと取る向きもあるようだが、それははっきり誤解だと言っておこう。イーストウッドは若いときから音楽家志向があって、ピアノの腕前などはなかなかのものだし、歌の吹き込みも結構ある。たしかに一流歌手と比べると特筆すべき魅力はないのだが、技術的には70年代のあまり歌の上手くないシンガー・ソングライター程度には歌える人だと思う。

Clint Eastwood.Net のRecordings という頁で彼のレコードが20曲ぐらい聴けるから是非聴いてみてほしい。

ジュークジョイントで歌う“When I Sing About You”は誰の曲か知らないけど、素朴でイイ感じの曲だ。ここでは発作も起きずに最後まで歌い終えている。店の外で座って聴きながら口ずさんだり、ギターのコードを押さえる真似をしている少年は、劇中では甥っ子、実際は息子のカイル・イーストウッド
(当時14歳)。その後何本かの映画出演を経て、現在はプロのミュージシャン(ジャズのベーシスト)となり、親父の映画の音楽を手がけたりしている。余談だが、イーストウッドは本作製作にあたってギブソン社に特注でギター2本を作らせたそうだ。映画撮了後は、親父が1本、息子が1本所有していて今でも弾いているらしい(息子談)。

映画のタイトル・ソング“Honkytonk Man”。上はカントリー・ミュージックの桧舞台「グランド・オール・オプリー」が収録されていたライマン劇場でのオーディション。下の映像はナッシュビルでのレコーディングだ。残念ながら台詞がドイツ語吹き替えのものしか見つからなかった。レコーディングの途中で発作を起こして歌えなくなってしまうのだが、途中で歌を引き継ぐのが『エル・パソ』などのヒット曲で知られる伝説的カントリー歌手マーティ・ロビンスだ。皮肉なことにロビンスは撮影後まもなく心臓発作でこの世を去ってしまう。完成した映画を観ることもなかったと伝えられている。享年57であった。

2007-08-21

西田佐知子 Sachiko Nishida 1963

「アカシアの雨がやむとき」(1963日活・吉村廉)より
『アカシアの雨がやむとき』(2:22)



1960年に発売され、1962年に大ヒットし、1963年に歌謡映画化されるという現在では考えられないユルーいペースで世に広まった歌。60年安保のときにデモに参加した学生たちが歌ったとかいう伝説が流布され、安保後の「挫折」ムードとこの歌の持つペシミスティックな雰囲気がシンクロして、いわゆる「時代と寝た」と評される歌の典型的な例となった。

伝説とは切り離しても「イイ歌」、「イイ歌唱」だと思う。かつて平岡正明が山口百恵を論じたときに「西田佐知子~いしだあゆみ~山口百恵」というノンビブラート唱法の女性歌手の系譜を紡ぎ出したのを思い出した。この人はいわゆる「イイ声」ではないのだけれど独特の喚起力があって、それこそ歌に憑依する巫女さん体質が強烈にあるのだと思う。

しかしながら、この歌は西田の最上の作品ではない。何といっても『くれないホテル』(筒美京平作曲)が彼女の否戦後歌謡曲の最高の到達点だと思う。